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那覇地方裁判所 平成6年(手ワ)48号 判決 1997年1月13日

原告

有限会社朝商

右代表者代表取締役

高安朝聖

右訴訟代理人弁護士

中野清光

被告

岸本不動産合資会社

右代表者無限責任社員

岸本政善

右訴訟代理人弁護士

与世田兼稔

阿波連光

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金七三四一万七三三七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年七月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が別紙手形目録記載の手形(以下「本件手形」という。)を所持しているので、引受人である被告に為替手形金の請求をするものであるが、これに対して、被告は、利益相反行為あるいは権限濫用に該当するとして、右支払義務を争うという事案である。

二  争いのない事実等

1  原告が本件手形を所持していること(甲イ第一号証)

2  訴外株式会社創和ランド(以下「創和ランド」という。現商号「株式会社アルコス」)が本件手形を支払拒絶証書の作成を免除して、振出したこと(甲イ第一号証)

3  被告が本件手形を引き受けた旨の記載があること(甲イ第一号証)

4  創和ランドから原告へ裏書譲渡された旨の記載のあること(甲イ第一号証)

5  本件手形の引受けについて、被告の総社員の過半数の決議を得ていないこと(証人岸本政彦の証言)

三  争点

1  利益相反行為

(一) 被告の主張

(1) 客観的要件の主張

訴外岸本政彦(以下「政彦」という。)は、岸本政善及び岸本政晃と共に被告の無限責任社員であるほか、自ら株式会社岸本不動産をも経営していたが、原告は、政彦からの依頼により、島尻東農業協同組合から六〇〇〇万円を借り入れ、これを株式会社岸本不動産に融資することとしたが、その際、政彦が、被告の他の社員に無断で、被告名義で本件手形を引き受け、これを右融資の担保として、原告代表者高安和男(以下「高安」という。)に交付したのであって、右の政彦がなした本件手形の引受けは、手形行為としても、原因関係としても利益相反行為に該当する。

(2) 主観的要件の主張

高安(原告)は、次の事実から、利益相反行為であり、他の社員の過半数の承諾を得ていないことについても、悪意かあるいは重過失がある。

① 原告は、貸金業者であり、日常的に手形を取り扱っていたこと

② 原告は、政彦個人、株式会社岸本不動産、被告が全く独立した人格、権利主体であるということを十分に認識していたこと

③ 原告の認識では、本件手形の基礎になっている六〇〇〇万円の借り主は、政彦乃至株式会社岸本不動産であること

④ 原告は、商法上、利益相反の場合には、取締役会の承認決議が必要であることを知っていること

⑤ 原告は、本件手形を株式会社岸本不動産に対する貸金の担保として取得したのであり、実質的に直接の当事者の関係にあること

⑥ 原告は、平成四年一一月に、被告を相手として仮差押命令を取得した際に、被告からその履行を拒絶されたことがあったこと、また、原告は、政彦と同人所有の天久の土地に関して共同事業を行っており、右土地は、被告無限責任社員である岸本政善、同岸本政晃らと共有となっており、同人らの承諾がなければ、分筆分割は不可能であったが、当時政彦と政善らは、遺産分割並びに会社経営を巡って鋭く対立しており、分筆分割は事実上不可能であり、これらの事情について、原告は当然認識していたのであって、原告は、政彦と被告の他の社員との間には会社経営を巡って紛争があるということを認識していたこと

⑦ 本件手形を取得するに当たって、被告に対して何の確認も行っていないこと

(二) 原告の主張

(1) 本件は、商法二六五条ではなく、同法七五条が適用される場面であり、後者においては、前者よりも動的安全を重視して解釈されなければならず、利益相反行為に該当しない。

(2) 被告主張の事実では、悪意は推認されない。また、原告は政彦と天久の土地に関して共同事業をしたことはないし、原告は、本件手形の裏書譲渡について善意の第三者である。

2  権限濫用

(一) 被告の主張

(1) 客観的要件

政彦は、自己関連の会社として、株式会社岸本不動産、創和ランド、株式会社創和テクノスを経営していたが、これらの会社と被告とは別個独立の会社であるのに、政彦は、被告の無限責任社員である地位を利用して、自己関連会社の借金の担保として、本件手形を振出したものであり、権限濫用に該当する。

(2) 主観的要件

次の事実から、原告には、権限濫用について故意過失を基礎づける事実が存在する。

① 原告は、貸金業者であり、日常的に手形を取り扱っていたこと

② 原告は、政彦個人、株式会社岸本不動産、被告が全く独立した人格、権利主体であるということを十分に認識していたこと

③ 本件手形は、政彦個人あるいは同人の経営していた株式会社岸本不動産の担保として交付されたものであること

④ 原告は、本件債務の担保として白地手形を取得しており、しかも政彦との間で原告との取引に関わる債務を全部この手形に載せてもいいという約束があったこと

⑤ 原告は、平成四年一一月に、被告を相手として仮差押命令を取得した際に、被告からその履行を拒絶されたことがあったこと、また、原告は、政彦と同人所有の天久の土地に関して共同事業を行っており、右土地は、被告無限責任社員である岸本政善、同岸本政晃らと共有となっており、同人らの承諾がなければ、分筆分割は不可能であったが、当時政彦と政善らは、遺産分割並びに会社経営を巡って鋭く対立しており、分筆分割は事実上不可能であり、これらの事情について、原告は当然認識していたのであって、原告は、政彦と被告の他の社員との間には会社経営を巡って紛争があるということを認識していたこと

⑥ 本件手形を取得するに当たって、被告に対して何の確認も行っていないこと

(二) 原告の主張

政彦の真意は知らない。また、原告は政彦と天久の土地に関して共同事業をしたことはないし、原告は、本件手形の裏書譲渡について善意の第三者である。

第三  当裁判所の判断

一1  甲イ第一、第二及び第四号証、乙第三号証の一、二、乙第五号証の一、乙第八号証、乙第一〇乃至第一三号証、乙第二三、第二六、第二八号証、証人岸本政彦の証言(一部)及び原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件手形の振出人は創和ランドであり、引受人は被告であるが、手形面上、政彦が、前者の代表取締役として、かつ、後者の無限責任社員として記載されている。

(二) 平成五年四月当時、政彦は、被告の無限責任社員であったこと、同時に創和ホーム及び株式会社岸本不動産の代表取締役である。

(三) 原告は、平成五年四月九日、当真正尚を介して、島尻東農業協同組合から六〇〇〇万円の融資を受けて、これを、同日頃、株式会社岸本不動産に対して弁済期を定めずに融資し、その担保として高安が原告の代表者として本件手形を金額白地のまま受け取った(証人岸本政彦は、当公判廷において、本件手形は、幾つかの貸金をまとめたものであると供述するが、これと相反する原告代表者本人の供述は、不動産登記簿謄本(乙第五号証の一、二)や契約書等(乙第二三、第二五号証)等とも符合しており、より信用性が高いと認められるので、証人岸本政彦のこの点の証言は採用しない。)。

(四) 被告には、当時、無限責任社員として、政彦のほか、岸本政善、岸本政晃がおり、被告に常駐して経営に当たっていたのは、岸本政善であった。

(五) 政彦は、株式会社岸本不動産、創和ランド、株式会社創和テクノスなどを個人で経営していた。

(六) 右の融資金六〇〇〇万円は、政彦が個人で経営していた会社の経費や天久の土地の購入資金など政彦が個人経営していた会社のために主に費消した。

(七) 政彦は、自己が設立した会社の資金調達を目的として被告の本社土地建物を独断で担保提供したり、被告会社名義の手形を乱発するなどしたことから、被告は、政彦に対し、平成三年に、職務執行停止の仮処分を申立てたが、その裁判手続中に、被告本社土地建物の担保を解除するに至ったため、被告及び政彦は、平成四年一月三一日、裁判上の和解が成立し、政彦は、被告に対して、今後手形行為をする場合及び会社の運営上重大な事項については、無限責任社員の決議によって行うことを約した。

(八) しかしながら、その後も、政彦は、訴外有限会社ダーヤ・インポート・カンパニーの原告に対する手形取引契約に関して生ずる現在及び将来の一切の債務について、連帯保証をしたことから、和解条項に違反したとして、岸本政善及び岸本政晃から職務執行停止の仮処分が求められ、平成五年一一月五日、同仮処分が認容された。

2 以上の事実からすれば、被告と政彦が経営する他の会社とは、法的にはもちろん、経済的にも、同一視することはできず、右六〇〇〇万円の借り入れについて、政彦が被告の引受けのある本件手形を差し入れた行為は、利益相反行為に該当することは明らかである(原告代表者本人は、当公判廷において、被告の手形も多数割り引いていた(第一六回調書第六七項以下)、確認はしたことはないが被告にも資金が流れていると政彦から聞かされている(第一五回調書第八一項)旨の供述し、被告と政彦が経営する会社が一体であったことを裏付けるような供述部分があるが、乙第二八号証(原告の帳簿)によれば、原告が被告の手形を多数回受取っていると認めることはできないし、政彦が借受けた資金が被告に流れているということは、前記認定の事実に対比するとこれを認めることはできない。)。

3 なお、商法七五条は、同法二六五条と同様に、取締役乃至社員が会社の犠牲において自己又は第三者の利益を図るための取引を防止するためであることにその趣旨があることに鑑みれば、利益相反の有無の基準は、手形面上の記載のみからではなく、現実の取引行為者をも考慮して判断するのが相当であり、その判断の仕方は商法七五条であろうと、同法二六五条であろうと異なるものではないと解される。これと異なる論旨の原告の主張は、採用しない。

二1  乙第七号証の一、二、乙第一四号証、乙第一五乃至第一八号証、乙第二一、第二八、第二九号証、証人岸本政彦の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 小嶺幸隆(以下「小嶺」という。)は、政彦とは、小中学校を通じての同窓生であり、政彦が代表者を務める株式会社創和テクノスの取締役をしたこともあり、政彦と高安及び小嶺は、同一の模合の仲間であった。

(二) 小嶺と高安は、眞和という金融会社に勤務していたもので、その時の課長と部下という関係にあった。

(三) 政彦が所有する那覇市天久の土地を売却するということに関連して、小嶺が政彦に資金を融通していたが、金額が大きくなるに及んで、一人では手当ができなくなったことから、原告(高安)も政彦に資金を融通するようになり、平成四年一一月頃から原告は直接政彦乃至政彦関連の会社に多数回にわたって融資するようになった。

(四) 原告から、平成四年一二月三日、被告の本社土地建物が仮差押がなされたことがあり、これは、政彦が、被告との和解条項に違反して、小嶺が代表者を務める、訴外有限会社ダーヤ・インポート・カンパニーの原告に対する手形取引に関して生ずる債務について、被告名義で連帯保証したことから、右連帯保証債務履行請求権を請求債権として、仮差押の執行がなされたものであり、その際、高安は、被告の無限責任社員である岸本政晃に対して、履行を請求した際、政彦が勝手にやったことだから責任は負えないと言われたが、那覇市天久の新都市の開発を政彦と共同でやるという話も当時あり、その事業のためには、岸本政善や岸本政晃の印鑑も必要であったことから、あまり波風を立てたくないという考慮もあって、政彦からの若干の弁済だけで、その後、右仮差押は取り下げた(高安和男は、当公判廷において、訴外有限会社ダーヤ・インポート・カンパニーの保証債務について、何故払えないということであったかについては、被告の社内のことなので分からない、政彦が勝手にやったことだから被告としては応じないということであったかどうかについては覚えていない旨を供述している(第一六回調書第六五項以下)。しかしながら、三〇五〇万円もの債権について、仮差押までしておきながら、何故、払えないと被告が言っているのかについて全く聴いていないというのは不自然であり、右供述は採用しない。)。

(五) 政彦は、原告に対して、本件手形を、金額白地のまま、振出人、引受人の記名押印のうえ交付している。

(六) 小嶺の父親小嶺幸徳が所有して居住していた建物について、株式会社創和テクノスが買取った上、更に政彦に所有権が移転されたうえで、創和ホームに一〇〇〇万円で売却されているが、政彦と創和ホームとの売買契約において、政彦の代理人を、高安が行っており、右代金も同人が受領している。

2 以上の事実を認めることができ、政彦と高安とは相当に緊密な関係を形成していたということができ(殊に、六〇〇〇万円についても弁済期の定めもなく貸渡し、担保としての本件手形も金額白地のまま交付され、一緒に事業をやるという具体的な話もあったなど相当緊密な信頼関係が形成されていたのであって、そうとすれば、高安が、政彦の事業内容、会社の内容及び相互の関係、資金流れについても相当詳しく知っていたものと推測することができる。)、その上、平成四年一二月には、原告は、被告に対して、仮差押をしており、その際、岸本政晃から政彦が勝手に被告の無限責任社員として行動していることについて憤慨していることを聴いており、被告内において、無限責任社員として、会社の経営について鋭い対立があったことを認識していたのであり、しかも、本件手形は、金額白地の手形であって、かような手形の交付について、他の社員が承認するはずがないことは当然分かっていたものと認めるのが相当である(そもそも、金額白地の手形を引き受けた上、そのまま交付することを他の社員が承認することは通常考えられない。なお、承認主体が社員全員か無限責任社員かについては、若干の疑義もあり得るが、文理上、社員全員の承認と解されている(大隅健一郎・今井宏著「会社法論」上巻一三五頁、註釈会社法旧版(1)五五六頁参照))。

なお、原告代表者である高安和男は、当公判廷において、政彦は無限責任社員であったので、政彦の了解だけで十分であり、他の社員の過半数の承認決議が必要であるとは考えたことがなかったと供述している(第一五回調書第七九項)。右供述は、訴外有限会社ダーヤ・インポート・カンパニーの原告に対する債務についての仮差押の解除の経緯からすれば、利益相反行為については、他の社員の承認も必要であることを知っていたものと認めるのが相当であるが、仮に、高安において、他の社員の承認は必要がないものと軽信したのであれば、前記認定の事実に加え、高安の職業、地位等を踏まえれば、悪意と同視しうべき重過失があったものと認めることができる。

三  以上によれば、その余を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官近藤昌昭)

別紙手形目録<省略>

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